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2018-12-19

神と悪魔が天使達の前でどつき漫才やってる

(注意:クリックすると音声ファイルがダウンロードされます)
を聴く。




 神と悪魔は、大勢の天使の前で夫婦漫才やってるようなもんだ。


 舞台でどつき合っても楽屋じゃ仲がいいと思う。


 この何千年も続く長い漫才のネタのために操られる人間は堪ったもんじゃない。

(過去記事増補再録)

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2018-12-17

ヴィパッサナーで食事する



スローモーション。
実況生中継(内語で)
感覚の変化を感じ取る。



この3項目だけを守れば成立する。 





 家にいる時、たまにヴィパッサナーで食事する。



 とにかく時間が何倍もかかる。

 ものの数分で、時間がもったいない気分になりそわそわしだす。
テレビを見ながら、スマホに触りながら、みんなと話し笑いながらワイワイ食べる方が楽しいじゃないか。
忙しいのに、こんなのんきなことしてられるかなどと、急に思う。


ふだんさんざん時間を無駄に使って平気なくせに、
こういう時だけ、急に思うおれ

 なんのことはない、ヴィパッサナーを止めたくてしょうがないから、そんな埒もない言い訳でも、ほんとのように感じるのだ。








 「味わうことで生きる」を試すと、ものの味が非常にはっきり感じられる。

ふだんの自分がいかに雑に食べていたかが、よくわかる。

以前のようなドカ食いはできなくなる。

美味しく食べられて食べ過ぎを防げる。

(もちろんヴィパッサナーの目的は、そんなことではないのだが)



(過去記事増補編集再録)

2018-12-15

空気の良心

 大多数の人間は

自分の言動を、周りの空気を読む事で決めている。



 さあいよいよ死ぬという時、一人一人が独りで死なねばならないことを知らず、本当は自分が死ぬことすら認めていないからだ。

この徒党の振舞を改めさせる唯一の現実的な方法は、周りの空気を変えることだ。そうすれば徒党の言動は自然に変わる。

不正を正すために個々の良心に訴えることは、ほぼ徒労に帰す。
なぜなら、彼らの「良心」なるものも、空気の中にしかないからだ。




2018-12-14

「俺は」「俺の」と執着する者には1μの智慧もない

 テレビニュースで。
スマートフォンでスカートの中を盗撮した部長(36)が迷惑防止条例違反の疑いで逮捕されたと。


またかよ!
 1年間に同じパターンのニュースが何度も流れてくる。しかも毎年。
なぜそんなにスカートの中を撮りたがる?
ほんとに全く理解できない。
 いや、見たがる気持ちはわかるよ。
でも、そんなもん見たけりゃ、ネットですきなだけ厭きるまで見ればいいだけだろ。





…おそらく

俺妄想、俺のもの妄想が狂的に悪化した成れの果て

なんだろうなと想像する。


「俺は、俺の」障壁!!

 「俺は、俺の」のせいで、自分で自分をどれほど悲惨なめにあわせてるか。

「俺は、俺の」のせいで、みな避けようもなく非業の死を自業自得にとげている。
だから、「俺は」「俺の」と執着する者には1μ(ミクロン)の智慧もない。
他のなにより先に、この「俺は、俺の」障壁を崩壊させないと、人間は獣の世界から一歩も前に抜け出せない。








ターン・プッタタートアーナーパーナサティの完全技法と自然法より)
 …智慧とは、何も「自分」「自分のもの」と強く捉えない、もっと強い言い方をすれば「俺は」「俺の」と執着しないということです。

 これはパーリ語で繰り返し語られた仏教の核心である項目です。何ものも、自分、自分のものと執着しない。ブッダは、この短い言葉は、八万四千項目あると言われる教えのすべてを包含している仏教の核心だと繰り返しています。八万四千項目すべてはこの短い「何ものにも、私、私のもの、と執着しない」という一語に集約されてしまうのです。

 教えのすべてを一つにまとめたらどのようになりますかと、質問する人があったとき、ブッダはそう答え、更にこれを聞いただけですべての項目を聞いたのと同じ、この項目を実践するならすべての項目を実践したのと同じ、この項目の結果はすべての項目の結果と同じと付け加えました。



ターン・プッタタートそうすればハナから死んでいるより)
どんなことも愚かさほど熱くはありませんが、人は知りません。…
昔式の医学で「内熱」と言います。普通の人は熱く感じません。触っても熱くありませんが、その方面の知識があれば非常に熱いということが分かります。内部が熱くて、体は熱くないのに死にます。…痴、無明は内部の深いところで熱くなっています。それは欲情の燃料であり、いつまでも怒りを作り出します。…濡れて冷たい火に注意してください。炎を上げて燃える火よりも熱いです。「俺、俺のもの」は深奥部にある濡れた火、内熱です。

[以上引用終]





 壁の壊し方は
ブッダに訊いてくれ。
 ただし、
壁の壊し方でインチキして、半端にやるとたちまち最悪になるので要注意。

責任を回避しながら私欲を満たす、さもしい手段として滅私奉公等の無我風言辞を用いる。
中途半端に自分を捨てる人間は、ガリガリの利己主義者より、はるかに社会に害をなす。
(過去記事増補編集再録)

2018-12-13

「安心なんてないさ」というほんとの安心

御法語(法然上人行状画図)より引用します。

おほよそ佛教おほしといへども、所詮戒定慧の三学をばすぎず。所請小乗の戒定慧、大乗の戒定慧、顕教の戒定慧、密教の戒定慧也。
しかるに、わがこの身は、戒行にをひて、一戒をもたもたず。禅定にをいて、一もこれをえず。
人師釈して、尸羅清浄ならざれば三味現前せずといへり。
凡夫の心は、物にしたがひてうつりやすし、たとへば猿猴の枝に、つたふがごとし。まことに散乱して、動じやすく、一心しづまりがたし。無漏の正智、なにゝよりてかおこらんや。
若無漏の智劒なくば、いかでか、悪行煩悩のきづなをたゝんや。悪業煩悩のきづなをたゝずば、なんぞ生死繋縛の身を、解脱することをえんや。
かなしきかな、かなしきかな、いかゞせん、いかゞせん。

こゝに我等如きは、すでに戒定慧の三学の器にあらず。
この三学のほかに、我心に相応する法門ありや。我身に堪たる修行やあると、よろづの智者にもとめ、諸々の学者に、とふらひしに、をしふるに人もなく、しめすに輩もなし。
然間なげきなげき、教蔵にいり、かなしみかなしみ、聖教にむかひて、手づからみづから、ひらき見しに、善導和尚の勧経の疏の、一心専念彌陀名号行住坐臥不問時節久近念念不捨者是名正宗之業順彼佛願故。といふ文を見得てのち、我等がごとくの、無智の身は偏にこの文をあふぎ、もはらこのことはりをたのみて、念々不捨の称名を修して、決定往生の業因に備べし、
たゞ善導の遺教を信ずるのみにあらず、又あつく彌陀の弘願に順ぜり。順彼佛願故の文、ふかく魂にそみ、心にとどめたるなり。

(引用終。強調は私です)



 不出世の天才法然上人が、親鸞聖人が、またそもそも宗祖ゴータマ・ブッダが命がけ必死の求道によってはじめて覚醒している。





 法然上人の言葉を(一言芳談117)より、現代語試訳で引用します。

 法然上人は、
「ああ、今度こそ浄土にいきたいなあ」
といつも言っていた。
不安になった弟子が
「あなたほどの人がそんな程度では、わたしたちはどうしたらいいんですか」
と訊いた。
上人は笑って
「ほんとに浄土にいくまでは、この気持ちが消えるわけないさ」

《原文》
つねの御詞に云、あはれこの度しおほせばやなと、その時乗願房申さく、上人だにも斯樣に不定げなる仰せの候はんには、ましてその余の人はいかが候ふべきと。その時上人うちわらひて、のたまはく、蓮台にのらんまでは、いかでかこの思ひはたえ候ふべき、云々。
(引用終)

上人うちわらひて」というところがすばらしい。

安心できないことに悩む弟子と、
(安心できないから良いんだと気づけよおまえ)と破顔する上人。
法然上人の境涯が弟子のとはまるっきり違うことがわかる。
この話をふまえると、次の表現上は矛盾した法然上人の教えの真意がはっきり理解できるとおもいます。


往生を期せん人は決定の信をとりて、しかもあひはげむべきなり。
(一言芳談131より)


一念十念に往生をすといへばとて、念佛を疎相に申ば、信が行をさまたぐるなり。念々不捨者といへばとて、一念十念を不定におもふは、行が信をさまたぐるなり。信をば一念に生まると取りて、行をば一形にはげむべし。又一念を不定に思ふは、念々の念佛ごとに不信の念佛になるなり。

(一言芳談26並びに法然上人行状画図法語より)

(過去記事再録)








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       人間の罪とはなにか。
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本当の自分を信じ切れないことが罪だ。

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